6月9日朝、豆リンが虹の橋を渡りました。推定13歳前後の女の子で、2022年5月に札幌市の多頭飼育崩壊現場から引取りました。
重度の脱水で即入院、その後も体調不良が続き、歯の治療や点滴を繰り返しながら少しずつ元気を取り戻しましたが、今年に入り再び不調が続き、5月末には急性肝炎と重度の貧血と診断されました。
退院後、支援で届いた鹿肉を食べてくれるまでに回復を見せ、奇跡的な光景に私たちも胸を打たれました。
ですが6月8日から再び食べられなくなり、翌朝、わずかな時間のうちに静かに息を引き取りました。
保護当初は人慣れせず、感情を見せることも少なかった豆リンでしたが、次第に撫でられることやブラシを楽しむようになり、穏やかに日々を過ごしてくれました。
苦手な治療には頑固に抵抗することもありましたが、それも豆リンらしさでした。
多頭飼育の過酷な環境で見放されながらも、最後の時間に少しでも安らぎを感じてくれていたなら、それだけで私たちは救われます。
豆リン、本当にがんばりました。皆さまと豆リンの冥福を祈りたいと思います…。
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虹の橋へ旅立った子
しっぽの会で亡くなった子たちのメモリアルページです。
この子たちのことは生涯わすれません。
この子たちのことは生涯わすれません。
5月28日午前3時、ポトフが虹の橋へと旅立ちました。推定14~16歳の女の子で、3月27日に帯広保健所から迎え入れた「ポーちゃん」。穏やかで優しい性格で、皆に愛されていました。
保健所収容中に肥満細胞腫の切除手術を受けましたが、引取り後の健康診断で肝臓への転移が疑われました。それでも、食べることが大好きで、視力がなくても匂いでご飯を探し、元気いっぱいに喜びを表していました。サークルの柵を軽々と飛び越える姿には、驚かされるほどの生命力がありました。
治療を続けていましたが、4月中旬頃から食欲が落ち、5月に入ると腫瘍の進行が目に見えてわかるようになりました。腹水が溜まり、ついに自力で立ち上がることができなくなり、病状は容赦なくポトフを蝕んでいきました。
亡くなる2日前から危篤状態となり、時折苦しそうな声を出しながら眠っていました。スタッフが寄り添い続けましたが、夜中の3時、静かに永遠の眠りにつきました。
クラウドファンディングの結果を伝えたかったのですが、天国から見守っていることでしょう。ポトフの優しさと強さを決して忘れません。
ポトフ、本当にありがとう。冥福をお祈りします。どうか安らかに…。
5月5日、終生預かりボランティアさんのもとで大切にお世話されていたサファイアが虹の橋へと旅立ちました。
2017年8月、滝川保健所から保護された推定10〜12歳の男の子で、猫は苦手でも人に対しては甘えん坊で愛らしい性格でした。
2023年11月からは、以前より猫のシロを預かってくださっていたご家庭で、穏やかな毎日を送りました。
皮膚炎や口内炎に悩まされながらも、預かりさんの丁寧なケアにより症状は改善し、何より預かりさんにくっついて眠る時間がサファイアにとっての幸せでした。
食事が困難な時には、皆様のご支援で届いたトロトロのフードに助けられ、美味しそうに「ウマい、ウマい」とおしゃべりしながら食べる姿が微笑ましい日々でした。預かりさんからも「私を幸せにしてくれました」との温かい言葉をいただいています。
たくさんの愛と感謝に包まれて旅立ったサファイア。皆様とサファイアの冥福をお祈りしたいと思います…。
釧路保健所から引き取った推定12~14歳のアロエが、3月20日、入院先の病院で息を引き取りました。
昨年10月に迎え入れたアロエは、鶴居村で長く放浪し、保健所では「鶴じぃ」として親しまれていました。引取り当初は痩せ衰え、腫瘍や感染症などの治療が必要でしたが、懸命に回復へと歩みを進めました。
年明け頃から食欲のムラが目立ち始め、スタッフが工夫を重ねた結果、特に鹿肉を好んで食べるようになり、少しずつ元気を取り戻しました。しかし、時折痙攣を起こすことがあり、服薬を続けながら見守っていました。
2月には左後肢の骨折が判明し、運動を控え安静に過ごしていましたが、3月20日、骨折箇所から出血し病院へ緊急搬送。レントゲンの結果、骨肉腫が疑われ、回復の見込みがないため断脚を決断しました。しかし、術後に容態が急変し、突然のお別れとなってしまいました。
退院後に食べさせようと準備していた大好きな鹿肉も、もう口にすることは叶いませんでした。痩せた体でも逞しく、動かない時はガンとして動かない意志の強さを持っていたアロエ。あどけない童顔のまま、静かに旅立ちました。
三本足になっても、元気になったら一緒に歩きたかった――その願いが叶わず、残念でなりません。皆さまとともに、アロエの冥福を心よりお祈りいたします。
2025年2月27日、推定7~9歳の女の子モヒートが虹の橋へと旅立ちました…
モヒートは保護主様がいた野良猫ですが、新しい飼い主様を探すために2017年9月に当会で引き取りしました。
保護時は人に馴れていなく、威嚇していたモヒートですが、数年かけて少しずつ撫でられる良さを知り、撫でるとお尻を高く上げたり控えめにゴロゴロと喉を鳴らしてくれるようになり、モヒートのペースで徐々に人を好きになってくれていました。
元々はとても食いしん坊で、好き嫌いもなく何でも食べるモヒートは、ピーク時5キロのポッチャリ体型だったのですが、口内炎で口が痛くご飯が食べれない時もあり、食べれない時はステロイドや抗生剤の注射をしていました。
2024年の2月頃からは身体の様々な所にハゲができるようになり、酷いところは皮膚炎をおこし化膿してしまいました。
病院での診断結果は、長期間ステロイドを使っていた事や猫エイズ陽性なので発症の可能性もあるとのことでした。
猫エイズ発症の根本治療はないため、緩和ケアが中心となり、皮下点滴やステロイド等の注射をしながら少しでも自力で食べてもらうための治療を行いました。
亡くなる前日もステロイド等の注射をしてもらい少しご飯を食べていましたが、翌日の2月27日にモヒートは天国へと召されました。
皆さまとモヒートの冥福をお祈りしたいと思います…
2025年2月14日、推定6~8歳のウララが静かに旅立ちました。
交通事故で負傷し、帯広保健所に収容されていたウララは、骨折による影響で排尿の感覚を失い、治療が必要だったため、2022年5月に引き取りました。診察の結果、カリシウイルスによる口内炎と潰瘍があり、さらに左後肢の大腿骨と骨盤の骨折による貧血も確認されました。栄養補給と治療を続けた結果、骨は順調に回復し、手術は不要となりました。
しかし、2023年から口の状態が悪化し、食べられない日が増えていきました。ステロイドや抗生剤で治療を続けましたが、効果が徐々に薄れ、2024年には食欲の低下が顕著に。2025年2月6日、貧血の悪化によりカテーテルでの栄養補給を試みるも、状態はさらに悪化。エイズウイルスが原因と診断されました。
2月13日にはカテーテルを抜き、翌日、静かに天国へと旅立ちました。ウララの冥福をお祈りします。どうか安らかに…。
2025年2月10日、推定13歳のミサが虹の橋へと旅立ちました…
ミサは2017年9月新十津川町で迷子になっていたところを保護され滝川保健所に収容されましたが、残念ながら飼い主のお迎えはなく同年12月に当会で引き取りしました。
しっぽでの生活も7年と長くなりすっかり高齢になりましたが、日々穏やかに過ごしていました。
昨年2024年10月から体重が徐々に減り出し、下痢を繰り返したり、食欲がなかったりと体調に波が出始めました。
年末にはトイレのあとで倒れてしまい入院し、腸管出血による貧血と診断されました。
年明けに退院してからは貧血も少しずつ改善され、ご飯もモリモリ食べていたので、まだまだミサは頑張れると思っていました。
ところが、2月10日、いつもは完食する朝ご飯を残し、その後立ち上がれなくなったので病院に向かいました。
病院の診断では、心雑音が酷く心臓発作を起こしたのではないかとのことでそのまま入院となりましたが、数時間後に息を引き取ったと病院から連絡がありました。
あまりに突然のことで、まさかと今だに信じられない気持ちです。
皆さまとご一緒にミサの冥福を祈りたいと思います。
2024年11月17日(日)、推定5ヶ月の男の子 チフユが虹の橋へと旅立ちました…まだ飼い主さん募集前の段階でした。
チフユは栗山町の餌やりの多頭野良の過酷な現場から保護した子猫です。
猫たちは皆シラミが付いており、痒みに襲われていたり、重度の猫風邪になっていたり、敷地で車に轢かれたりと悲惨な状況で暮らしていました。
保護時、当会の猫舎は満杯な状況でしたので、預かりボランティアさんのお家で看ていただきましたが、もともと臆病な子でしたが、すぐに慣れてくれて人が大好きなゴロスリニャンになりました。
11月3日様子がおかしいと病院を受診したところ腹水が溜まっていて、血液検査の結果からおそらくFIPに感染しているのではと緊急入院しました。
直ぐに治療を開始しましたが、極度の貧血で13日、14日と続けて輸血してもヘマトクリット値が上がらずステロイド投与し、鼻からカテーテルを入れて高栄養のフードも入れました。
腹水もまた溜まって辛そうでしたが、お見舞いに行ったスタッフに触って欲しくてスリスリと甘えてました。
16日には三度目の輸血をしましたが、他の病気も併発しているようで片側の肺はウィルス感染によるものか硬くなり無気肺になっているとのこと…酸素室にいても苦しそうにしていました。
亡くなった17日の朝は容態は安定していたそうですが、朝8時に一気に大量の血を吐きチフユも血だらけになったそうです。
死因は吐血性ショックでした。
過酷な現場から保護されてこれから先、幸せになれると思っていただけにショックは大きく、スタッフ間にも無力感と焦燥感が募りました…
しかし、保護していなければあの過酷な現場で人知れず亡くなっていたのですから、一時だけでも預かりボランティアさんの元で甘えながら暖かなお家で過ごせたことは、チフユにとって最高の至福の時間だったと思います。
皆さまとチユフの冥福を心よりお祈りいたします…。
チョコは、2024年2月7日に千歳市内の多頭飼育案件で引き取りした推定8~10歳のミニチュアダックスの女の子でした。
引き取り時は、乳腺腫瘍と思われる小さな腫瘍が多数あり、避妊手術の際に切除手術も行い経過を観察していました。
その後、首にも腫瘍があったので二度に亘って手術をしましたが、首の腫瘍は血管腫でお尻は脂肪腫でした。
また歯石も酷く、劣悪な環境下で何のお世話もされていなかったことを思うと不憫で切ない思いがしました。
当初は、人に対して恐怖心があり逃げたりしていましたが、スタッフやボランティアさんとも関わることでしっぽを振ってくれたり、人に寄って来たり、散歩出来るようになってきて社会性を学んでいました。
大きな手術も無事に乗り越え、これからチョコの新しい生活への1歩を踏み出した矢先の7月頃から体調が優れなく下痢や嘔吐が続いたため検査をしました。
検査の結果【胆泥症】でした。
しばらくの間は当会で薬を飲ませ様子を見ていましたが、水下痢や嘔吐が続いたため入院しました。
血液検査では膵臓の数値も高く膵炎にもなってました。
チョコが亡くなったと入院先の病院から連絡が入りました。
亡くなる前日もご飯はしっかり食べていたり、下痢も少し収まっていた様子でしたが、胆嚢が破裂したことが死因だったようです。
あまりの急な出来事にショックで言葉を失いました…。
入院中もチョコに会いに来てくださった方も大勢いらして、退院したら会っていただきたいとスタッフで話していた矢先の出来事でした。
食べることが大好きで、ご飯の時間が近づくとワンワン吠えて「早く頂戴♪」と小さくジャンプをする姿や、お散歩中も楽しそうに飛び跳ねる姿はとても可愛くて鮮明に思い出します。
ずっとのお家を見つけてあげれなくてごめんね。
今までありがとう!皆様とチョコの冥福をお祈りしたいと思います…。
多くの皆さまにご支援いただいていたピュアが、5月31日(金)14時過ぎに虹の橋へと旅立ちました。
ピュアは、推定8~10歳のラブラドールレトリバーの男の子で、2月7日に元ブリーダーの多頭飼育崩壊現場から引き取りして4か月の僅かな期間ではありましたが、本当にいろんなことがあり、あっという間の4か月でした。
当会スタッフもこれまで何度も介護や看取りをしてきましたが、ピュアは相当重症だったのにも関わらず、名前の通り本当にピュアな子だったので、介護冥利に尽きると同時に思い出がいっぱいで、未だに思い出すだけで胸が熱くなり涙が出ます。
口の中にはこれまで見たこともない程の大きな腫瘍があり、体はガリガリに痩せて骨と皮、立つことも出来ないほど衰弱していました。
この状態ではとても手術はできないと言われ、どうしたらこんなことになるのかと怒りながらも何としても体力をつけなければ、どうやって食べさせたらいいか?毎日そのことばかりでした。
保護時は、口の中のわずかなすき間にカリカリと缶づめのお団子を手で入れる、そんなやり方でしか給餌できなかったのですが、幸い食べることは出来たのが救いでした。
少し体重も増えたかな~と感じつつ、同時に腫瘍も大きくなっていきました。
断脚予定の後ろ足も毎日洗浄が必要でスタッフで協力しました。
なんとか手術の予定になる頃には少し立てるようになり生きる力に感動しました。
そしてついに3月4日(月)、酪農学園大学附属動物病院で、下顎の腫瘍切除、思うように食べれなくなるため胃瘻(いろう)、DIC(播種性血管内凝固症候群)のため右後肢の断脚手術と3つもの大手術を受けました。
しばらくは胃瘻の生活でしたが 口から食べても良いと許可が出た日は、食べやすいようにとイスの上でカリカリを食べさせ、スタッフで良かったと笑い合いました。
その後はみるみる元気になり、3本足でもしっかり歩き、下りの段差のある場所も難なくこなし、車の移動も問題なく、時には男らしい野太い声でしっかり吠えることもありました。
何といってもゴハンの時間をものすごく楽しみにしていて、ヘリコプターのプロペラのようにブンブンとしっぽを廻しました。
手術後は、このように順調回復していきました。
しかし、飼い主募集を始めた矢先の4月中旬にまた口の中に赤い斑が出来て、あっという間に前回同様の大きな腫瘍になってしまいました。
大学病院に再手術の予約もしたのですが、既に肺への転移があることや食べることが大好きなピュアのために腫瘍は若干削り取る程度にすることがQOLを落とさないことと考え、抗ガン薬の投与に変更となりました。
落ち込んだのは人間ばかりで、当のピュアはいつもと変わらず、尻尾をブンブンと廻し、いつも通りに1日給餌量の倍以上をペロリと平らげご満悦でした。
そうして、あまりにお腹がパンパンになり腹水が溜まったものと思いかかりつけの病院を受診したところ、お腹の殆どが腫瘍で埋め尽くされているとのことで余命1週間の宣告を受けました。
亡くなる2日前の5月29日にはとうとうカリカリも食べなくなり、最後に口にしたのは、茹でた鶏のササミでした。
そして翌日に静かに天国へと旅立ってしまいました。
ピュアを多くの皆さまが気にかけてくださり 沢山のご寄付やご支援や物資もいただきました。
わざわざ面会にいらしてくださる方や様々なかたちで応援いただきました。
皆さまとご一緒にピュアの冥福をお祈りしたいと思います🌈




























